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Lovely ♥と Nice バディー作り

愛ある心と健全な身体の育成に有意義な情報を提供します

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死神に手首を捕まえられたその手を払いのけた     妻の一言!!

毎年8月になると
必ず思い起こす大事件があるのね。
 
墜落機と同型のジャンボ.jpg
事故に遭った123便ボーイング747ジャンボジェット機と同型機
 
 
1985年8月12日に
起こった日航ジャンボ機墜落事故は
乗員乗客524名のうち死亡者数は
520名
生存者(負傷者)は4名と言う
日本国内で発生した航空機事故では
現時点でも最多であり
単独機の航空事故でも世界最多である航空事故であったのね。
この日本航空123便墜落事故は
1985年(昭和60年)8月12日(月曜日18時56分に
東京羽田発大阪伊丹行123便ボーイング747ジャンボジェット機が
群馬県多野郡上野村の
高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根」)に墜落した事故であったのよ。
同機は尾翼に
縦に付いた方向柁が
吹っ飛んで
完全にコントロルを失いながら
御巣鷹山の中腹に激突したのね。
 
 
墜落現場.jpg
 
 
この当時
ショッピンは神戸市に妻と娘の三人で生活しており
大阪に本社がある会社を6月末に退職して
就活中の身であったの。
           
8月9日(金曜日)に
登録していた東京のヘッドハンティングの会社から連絡があり
面接を希望している会社があるので
その件で相談したく月曜日の午後1時に来社願いたいとの依頼があったのね。

この為
8月12日
大阪伊丹発10時の東京行きと
帰路の便
羽田発午後6時56分発
大阪伊丹行日本航空123便に
しっかりと予約を入れて席を確保していた訳よ。。
この時点で
ショッピンの手首は死神にがっちりと掴まれていたのね。
 
12日は午後1時からヘッドハンティングの会社で面談して
その後一か所寄る処があり
この予定通りに行動していれば
午後6時前には羽田に戻り
6時56分発日航ジャンボ機の搭乗して
100%間違いなく伊丹空港ではなく
途中から地獄行に変わった御巣鷹山で
無残に散り果てた事でしたでしょうね。

話は逸れるけれど
ショッピンもう何十年もの間
1時間割でその間にした事をA4サイズのメモノートに
簡単なメモ書きをしているのね。
 
各年代ごとに纏めてあるので
物置に何十冊ものメモファイルが保存してあるのよ。
1985年(昭和60年)8月11日(日曜日)~ 12日(月曜日)
のメモを参照してみたら

1985年(昭和60年)8月11日(日曜日)
午後10時15分 ~ 0時15分 
出発の準備の為に荷物を纏めて車に積み込む
(此処が私の生死の分かれ道になった出来事だ)
8月12日(月曜日)
0時20分 神戸の自宅を出る ~ 東名高速道路を北上

時15分 熱海市のマンション着 ~ 8時00分 荷物の部屋への搬入
8時00分 ~ 9時00分  仮眠
9時00分 ~ 9時45分  温泉入浴
10時00分 ~10時45分  朝食
 11時00分 ~13時00分  新幹線で東京に向かい
 1時にヘッドハントの会社着

 
 
このメモからも分かる通り
東京行き前日の日曜日の夜中の10時頃に
妻が何を思ったのか
「私達も一緒行って、熱海でゆっくりしているわ」
と切り出してきたのね。
 

ここでもし
「夜の十時過ぎになって何言ってんだよ!」と
妻の申し出を拒絶していたら
翌日で私の寿命は尽きていたのだけれど
根が素直なショッピンは
妻の考えに同調し
家族三人で夜中の東名高速を疾走する覚悟を決めたのね。

私の東京行は三日前の金曜日には決まっていたのね。
熱海に行きたいなら週末の日中
ゆっくりと出かけられた筈じゃん。

それが
出発の僅か9時間前になって急に妻が同行を言い出したのは
夫の身に迫り来る死の危険を女性特有の本能で感知したのかしらね?
 

この様な前日夜中の急な変更の為
私は日航に対して往復の予約のキャンセルする間もなく
私の予約は
伊丹行123便が出発する午後6時30分迄
そのままになっていたのよ。


人の生死はいったい誰が決めるのかしらね? 
このジャンボは満席の状態で
出発時間20分前迄に搭乗手続きをしなかった私の代わりに、
キャンセル待ちしていた他の誰かが
ぎりぎりで飛び乗ったのでしょうね。


本人は搭乗できてホッとしたと思うが
まさか
この機が途中から地獄行に変わるとは・・・・
 

この事故では
当時「上を向いて歩こう」を大ヒットさせた
国民的歌手の坂本九ちゃんも亡くなったのね。
 
 
123便の墜落前の機内の様子
酸素吸入器が出ている
酸素マスク.PNG

熱海のマンションに戻って
伊丹行123便の墜落報道を
テレビで見た時は
ショッピン足が震えたわ。
 

毎年
8月12日が来ると
私の予定を一言で覆した妻の本能的直観力と
黙って予定を変更した自分の素直さと
神戸~熱海間500キロの
暗夜行路運転を決意した自分の勇気に改めて
感謝しているのね。
 

お陰様で
あれから33年間長生きでこれたのだから・・・・
「九死に一生を得る」諺の通りのぞっとする実話なのね。

最後に提言!
奥様の言われる事には
真摯に耳を傾けて聞くべし!!
 
今年も
亡くなった方々の遺族による
御巣鷹山への慰霊の登山が行われている事でしょう.
今日の yahoo japan ニュースには
この御巣鷹山の事故の記事が幾つか載っているので
参考までに:::
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6293126
 
 
事故犠牲者の方々に追悼をささげます。
 
 
猫挨拶.png